地震から1週間

 この1週間、なんという1週間だったのだろう。日本中の人、いや世界中の人にとって、恐怖と混乱と忍耐と祈りの日々だったと思う。今も被災された方々にとってはその極限のストレスがずっと続いていることを思うと、本当に1日も早い混乱の終息を願わずにいられない。

 我が家はちょうど地震のあった2日前、たまには夫との時間を過ごそうと思い、大型スーパーへ一緒に出かけて食料品その他ごっそりまとめ買いしたのだった。これは偶然だったが、おかげで灯油もガソリンも今のところなんとか並ばずに済んでいる。(そろそろ怪しいかな。)ただ、暖かな部屋とそのとき買い込んだ材料で作った温かな食事をするにつけ、日頃以上の大きな感謝とともに申し訳ないような気もしてしまう。

 それから停電の件だが、夫が元気な頃、この人は何かというと買いやすい値段だからだろうか蝋燭をすぐ買う人だった。夫が倒れて荷物の整理をするときに、私は古いものとか何でもない小さなものとかは捨ててしまったのだが、いくつかお洒落なものは残してあった。これがこんな事態で役に立つとは買った本人も予想していなかっただろうと思う。夜の計画停電のとき、素敵な蝋燭とともに過ごせている。昨日は暇だからなんか歌おうかと誘ったら、「いつもいつも~通る夜汽車~」と歌いだした。懐かしい歌だ。小学生以来ではないかな。蝋燭の光の中で一緒に輪唱してみたりした。こんなことが幸せなのかもしれないなと思いつつ。(ただし私が先に歌うとアウトね。夫の言語が混乱してしまう。)

 蝋燭の光と言えば、何もすることがないのでこのところサボっていた英語のテキストを少し読んでみたりしたのだが、電気のない時代の人はこんな光で勉強をしていたのかと、思いを馳せることができた。ふとバッハが浮かんだ。この光の中であんな素晴らしい作品を書き上げていたのか、などと…。
 計画停電に社会が翻弄されている感もあり、節電の強制的な徹底で良いのではないかと感じていたが、思わぬところで収穫もあったりしたのだった。私達は便利さや効率の良さに慣れすぎたのかもしれない。

 原発の事故では命を賭けて働いておられる方に感謝しつつ、なんとか日本を救ってくださいと願わずにいられない。ネット上では楽観派、心配派、絶望派といろいろなコメントを見かけるけれど、世界の知恵を結集してなんとか良い方向へ向うよう希望をつなぎたい。

 今日は夫が寝る前にへそくりからお札を1枚出してきて私に渡した。義援金として送って欲しいと言う。ささやかな気持ちとして我が家からもそうしよう。

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